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本屋で競艇雑誌をペラペラめくっていたら、「植木通彦」の特集だった。恥ずかしながら、競艇をしたことのない私はその名を知らなかった。
大変な選手である。北九州の小倉商業では野球選手だったという。中退して競艇学校に入所し競艇選手となった。1989年、レース中に転覆、後続艇のベラ(モーターに取り付けられたプロペラのこと、スクリュー)に顔を切り刻まれた。選手生活3年目、桐生競艇場でのことだった。
75針も縫う大怪我で全治5ヶ月。縫合中「先生、大丈夫ですか」と聞く植木に、担当医師は「しゃべったらいけない、しゃべると顔が変形してしまう」と応えた。
担当医師からみても、どれが鼻なのか、瞼なのかという状態であったという。 頭部への死球が原因で不振に陥ってしまう野球選手も少なくないが、競艇選手も怪我をした競艇場での復帰戦を避けるという。植木はあれだけの大怪我をした桐生競艇場を復帰戦に選んだ。
以降、植木には「不死鳥」「奇跡の男」「艇王」など様々な異名があたえられた。河合克敏の競艇漫画「モンキーターン」で、主人公が大怪我から復活するという設定は、植木通彦がモデルらしい。
その後植木は多くの勝利をあげ、2007年現役引退をした。通算1562勝、優勝74回、生涯獲得賞金22億6000万円。
競艇界で生涯獲得賞金が20億円を越えたのは植木を含め3人しかいない。もっとも、多くの勝利がなくとも桐生での奇跡の復活だけで、充分「記憶に残る」選手になっただろう。すごい選手がいたものである。
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