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「モーターボート競走法」という特別法に基づいて、指定自治体がパリミュチュエル方式により勝舟投票券(俗にいう舟券)を扱っています。所轄官庁は国土交通省で、造船関係の産業を振興することなどの目的で、1952年から実施されました。
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競艇好きの男がいた。競馬競輪や他の賭け事もやるのだが競艇が特に好きなやつだった。以前勤めていた会社の同僚で、当時その会社は隔週2日制だったが、休みの日はたいがい競艇場へ出かけていったようだ。

私も詳しくはないが、常にどこかしらで開催しているらしい。 休みの前の日は麻雀である。他の同僚とやる。ときに徹夜となる。くだんの彼はそのまま競艇場へ行く。まあみんな賭け事は好きだったのだ。

社内の会議と研修を兼ねた合宿のとき、確か軽井沢でのこと。夜、何人かでチンチロリンをはじめ、熱くなって徹夜になってしまったことがあった。

酒や麻雀もそうだが、あのころは徹夜などどうということはなかったし、かえって調子がよくなったようなものだ(ハイになっていただけだが)。 ある月曜日、朝から彼の姿がなかった。

連絡もなかった。なんだなんだ二日酔いか、くらいの受け止め方をしていたのだが、翌日も出社しない。

上司が自宅に電話を入れてみると母親がでて、土曜日に出かけたまま帰ってこないという。

上司にいわれて、私が彼の自宅に行ってみた。母親と会い、様子を聞いたが特に変わったこともなかった。長旅の準備をして出て行った様子もない。

もともとボヘミヤン体質の男だが、翌日母親が警察に捜索願いを出した。何か事件に巻き込まれたのか、ただの放浪か、社内でも意見が分かれていた。

 戻ってきたのは2週間後だった。何のことはない、やはりただの放浪で、土、日に桐生競艇で負けて、熱くなってそのまま浜名湖へ移動、次に住之江と行き、最後は福井県の三国競艇場まで行ったそうだ。

勝ったり負けたりで三国では芦原温泉に泊まっていい調子だったようだが、カードの限度まで負けて、一文無しになりヒッチハイクで戻ってきたという。会社ではしこたま怒られたが、のんきな時代なのでクビになるようなことはなかった。帰ってきたときは妙に満足感の漂う表情をしていたのが思い出される。

 
   

 

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