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競艇という競技のことは知らなかった。最初に競艇場というものを見たのは戸田だったか江戸川だったか定かではないが、運河か池か港かわからなかった。競艇場という概念がなかったからだ。
私は生まれが静岡県清水市(今は静岡市になってしまった)で、親戚も多く、東京へ越した後もしばしば遊びに行っていた。
いまはエスパルスプラザになってしまった建物が、もとは鈴与の港内倉庫で目の前が岸壁だった。小型船やヨットが係留さている場所だ。幼稚園くらいの頃はよくそこで泳いでいた。
今思うと夢のようだし、水質はどうだったのかなと思うが、若かりし頃の叔父や叔母に連れられて、しかも夜に泳ぎに行っていた。恐らく昼は船の出入りもあるし、港の人に注意されることもあるからだったのだろう。
まだ泳げなかった私はタイヤのゴムのような浮き輪を使い、夜の港にプカプカ浮いていたものだ。陸側を見ると滑車のついた巨大な重機が未来都市の廃墟のようにそびえていた。鈴与の倉庫の裸電球がやさしげだった。海の方は灯台の灯り、舟の灯り、港の工場の明かりが寂しげにまたたいていた。
いったい、私は夜の灯りが好きで、殺風景な港の情景も好きだ。 最初に競艇場を見たときに、巨大なプールのようにも見えたし、区画化された港のようにも見えた。清水港を思い出した。水辺というのは気持ちが落ち着く。
海から誕生した生物の末裔である私たちが、ミズスマシのレースのような競艇に惹かれるのはそのあたりもあるのかもしれない。
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